鹿教湯温泉~下呂温泉・・・紅葉の旅行・・・NO5

Category: 日常の記録  

2015年11月5日~11月7日
紅葉の旅行・・・ドライブ旅行
奈川渡ダム標識
東京電力奈川渡ダム
奈川渡ダム(ながわどダム)
長野県松本市・信濃川水系犀川の上流部・梓川に建設されたダム
高さ155メートルのアーチ式コンクリートダムで
東京電力による大規模な水力発電所開発に伴い
下流の水殿(みどの)ダム・稲核(いねこき)ダムとともに完成
これらは総称して安曇3ダム
もしくは梓川3ダムと呼ばれる
ダム湖(人造湖)の名は梓湖(あずさこ)という

(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A5%88%E5%B7%9D%E6%B8%A1%E3%83%80%E3%83%A0)抜粋
ダム湖
ダム湖
奈川渡ダムは高さ155メートルのアーチ式コンクリートダムで
日本のアーチダムの中でも3位の堤高を誇ります
すぐ側には・・・梓川テプコ館があり
展望室からダムを見渡せる他・・・発電所の見学ツアーや
水と電気のしくみを遊びながら体験できる展示物コーナーなどがあります

(http://www.i-turn.jp/nagawado-azusagawa-tepukokan.html)抜粋
旧江戸街道の歴史
旧江戸街道の歴史
旧江戸街道 野麦峠はかつて
鎌倉街道・江戸街道と呼ばれ
飛騨と信州・江戸を結ぶ古くからの重要な路線でした

野麦峠標識② 野麦峠標識①
野麦峠
野麦峠(のむぎとうげ)
岐阜県高山市と長野県松本市の県境に位置し
飛騨国と信濃国を結ぶ鎌倉街道・江戸街道と呼ばれる街道の峠
乗鞍岳と鎌ヶ峰の間にあり
標高1,672m・長野県道・岐阜県道39号奈川野麦高根線が通っている

明治の初めから大正にかけて
当時の主力輸出産業であった生糸工業で発展していた諏訪地方の岡谷へ
飛騨の女性(多くは10代の少女)が女工として働くためにこの峠を越えた
この史実は1968年に発表された山本茂実(やまもと・しげみ)の
ノンフィクション『あゝ野麦峠』で全国的に有名になった

(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%87%8E%E9%BA%A6%E5%B3%A0)抜粋
お助け小屋
お助け小屋・・・前方に写っている古民家
お助け小屋の由来は江戸時代にさかのぼります
「厳しい峠越えにより命を落とす者が多いことから
小屋を建て・番人を置き・峠越えをする者を救いたい」
という願いを幕府が聞き入れ
天保12年(1841)に建てられました
雪の峠を越えた工女達が体を休めたのも
このお助け小屋です・・・現在のお助け小屋は
昭和45年に野麦集落の古い家屋を移築したものです
毎年5月1日山開きが行われ
11月中旬までの通行者の安全が祈願されます

(http://kankou.city.takayama.lg.jp/2000002/2000026/2000228.html)抜粋
林檎
安曇野名月(めいげつ)
「あかぎ」×「ふじ」の交配種
元々は群馬県でわずか栽培
存在は「幻」と云われていた
林檎つくりに定評のある【安曇野」が
本格的に導入した林檎です・・・!!



旅行記はまだ続きますので
是非ご訪問ください・・・




なお
  • 享子のドライブ旅行にも掲載していますので 
    そちらへのご訪問もよろしくお願いします



  •  2015_11_12


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