沖縄旅行【万座毛・糸数アブチラガマ】

Category: 日常の記録  

万座毛標識 万座毛海岸②
万座毛海岸
万座毛(まんざもう、Cape Manza)
沖縄県国頭郡恩納村にある景勝地
海岸の絶壁に・・・象の鼻の形の岩が付いているのが特徴
東シナ海に面し・・・沖縄海岸国定公園に属する

万座毛海岸①
良く見れば《像の鼻》・・・
名前の由来
琉球王朝の時の王である尚敬王が
「万毛(毛は原っぱのこと)」(言い換えると「一万人が座れる広い原っぱ」)と
評したことに由来していると言われている

(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%87%E5%BA%A7%E6%AF%9B)参照
石灰岩の海岸
石灰岩の岩が・・・
万座毛一帯は足元がすくむほど崖が高く
柵がない場所ではしゃぎ過ぎて崖に近づくと転落するおそれがありますよ


糸数アブチラガマ
糸数アブチラガマ
沖縄本島南部の南城市玉城字糸数にある自然洞窟(ガマ)です
沖縄戦時・・・もともとは糸数集落の避難指定壕でしたが
日本軍の陣地壕や倉庫として使用され
戦場が南下するにつれて南風原陸軍病院の分室となりました
軍医・看護婦、ひめゆり学徒隊が配属され
全長270mのガマ内は600人以上の負傷兵で埋め尽くされました
昭和20年(1945年)5月25日の南部搬退命令により病院が搬退したあとは
糸数の住民と生き残り負傷兵・日本兵の雑居状態となりました

(http://abuchiragama.com/)参照
糸数アブラちガマ入口
ガマ入口です・・・この先は撮影禁止
ガマの中は真っ暗闇・・・写真撮影などできませんよ・・・!!
ガマ出口
ガマ出口です
慰安婦所
慰安婦所跡です・・・草むらの後です・・・
慰霊碑① 慰霊碑②
出口の慰霊碑塔です
「アブチラガマ」とは
「アブ」・・・深い縦の洞穴
「チラ」・・・崖のこと
「ガマ」・・・沖縄方言で洞窟やくぼみのこと

沖縄戦とは太平洋戦争の最終段階
1945年3月下旬から7月までの戦いを言います
1941年に太平洋戦争が勃発し
太平洋の島々で劣勢となった日本軍は
米軍が沖縄に上陸すると見て
米軍を沖縄にくぎづけにする作戦をとります
それは・・・本土決戦の準備をするための時間稼ぎであり捨石作戦でした
このため・・・沖縄は唯一の地上戦の場となります
米軍は1945年の4月1日に沖縄本島の中部に上陸し
日本軍の指令部のあった首里に向かいます
米軍の圧倒的な戦力に
首里の陥落が目前にせまったところで日本軍は南部へ撤退します
米軍の上陸地点から首里城指令部までを中部戦線・首里以南を南部戦線と言います
南部戦線では十数万人の一般住民が巻き込まれ悲惨な結末を迎えることになります
6月23日・・・牛島司令官の自決により日本軍の組織的戦闘は終了しますが
その後も各地で戦闘が続ぎ、米軍が作戦修了を宣言したのは7月2日のことでした。
この90日間にわたる沖縄戦で
日本兵6万6千人・沖縄出身兵2万8千人・米兵1万2干・、一般住民9万4千人が亡くなりました
当時の沖縄県の人口は約50万人でしたから
沖縄県民の4人に1人が亡くなったことになります

(http://abuchiragama.com/)参照

なお
  • 享子のドライブ旅行にも掲載していますので 
    そちらへのご訪問もよろしくお願いします

  •  2014_12_10


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