高山を司った豪族の史跡

Category: 日常の記録  

高山城跡
生駒市高山にあります・・・
高山を司った豪族の・・・\(◎o◎)/!
標高218m・・・比高差約40mの山城です・・・規模約110×100m(城は残っていません)
郭(くるわ)・土塁(るい)・土橋などが確認され・・・

山上に二股になった60m×70mの平場が主郭(しゅかく)として残っています・・・??
鷹山氏の居城と伝えられています・・・
高山城址一党墓所
高山を司った豪族の・・・\(◎o◎)/!
一族の墓所です・・・\(◎o◎)/!
標高218m・・・比高差約40mの山城です・・・規模約110×100m
城は残っていません)
郭(くるわ)・土塁(るい)・土橋などが確認され・・・
山上に二股になった60m×70mの平場が主郭(しゅかく)として残っています・・・??
鷹山氏の居城と伝えられています・・・

お城のデータ
所在地: 奈良県生駒市高山町庄田字城茶屋
遺 構: 曲輪、土塁、土橋
形 式: 山城 築城者: 高山氏
築城年代: 室町時代

高山城は・・・道路地図にも「高山城址」と記載されているにも関わらず
現地を訪れてみると・・・城の場所はおおよそ特定できるが
道標ひとつ立てられていない
登城口から約10分ほどで土塁を伴う小郭があり
この曲輪からから北に進むと貯水場のある曲輪
更にその北側に2つの曲輪があり
上の曲輪が主郭だ
主郭北面には高さ1m程の土塁が残っている
主郭から西南に残る土橋を渡った所にも曲輪があり
この曲輪には九頭竜神が祀られている
ここでやっと「高山城」の案内板を発見して
ここが高山城であることが確認できた

高山城は・・・室町時代に奈良興福寺一乗院方衆徒高山(鷹山)氏によって築かれた
この城の歴史はあまり詳しく伝わっていないが
城主高山氏は・・・応仁の乱から戦国時代には越智・古市氏に属している
天文13年・・・筒井氏の柳生城攻めには
筒井氏に従って参陣しているが
後の筒井城主筒井順慶と信貴山城主松永久秀の抗争では
松永氏に従っている

(http://www.asahi-net.or.jp/~qb2t-nkns/yamatotakayama.htm)参照

筆者の私見
  歴史を紐解く事は・・・とても楽しい事です・・・
  自分も・・・その時代に・・・立ち返って・・・??
  色々の事を・・・考える事が出来ますよね・・・
地元の事は余り知ろうと思わなかったですが・・・
知りかけると・・・とても面白いことが一杯・・・!!

時間があるとき・・・もっと知りたいと思いますね 

 2017_06_26


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