金勝寺本堂と・・・磨崖仏(まがいぶつ)

Category: 日常の記録  

金勝寺(全景)
金勝寺(きんしょうじ)(奈良県生駒群平群町椣原53) にある・・・
行基が天平十八年(746)に聖武天皇の勅をうけ開基した。。。
古刹 金勝寺磨崖仏 は・・・
(町指定文化財、鎌倉時代後期~江戸時代前期) に指定・・・・・・されています!!
本堂より奥の岩壁に14体の磨崖仏 ・・・があります・・・

近鉄生駒線・元山上口駅の直ぐ手前
竜田川の櫟原橋(いちはらばし)から上流を見ると
切り立った岩が川中にあり・・・見事な渓谷です
右上に国道168号線が見えます
ここを通って金勝寺へ向かいます
現在は上流から下流まで竜田川と呼ばれるが
昔は上流から生駒川・平群川・竜田川と呼はれていて
そのうちこの地の平群川だけ・・・岩場の渓谷になっているとのことです

(http://blogs.yahoo.co.jp/teravist/29888672.html)参照

縁起・歴史
当山は竜田川に迫る薬師山の麗にあり
当地には竜田川に住む龍神を祀る信仰が古くからありました
寺伝によれば行基菩薩が天平18年(746年)
聖武天皇の勅命を賜り・・・境内四丁四方・寺領七百石・金堂
大講堂・阿弥陀堂・護摩堂・三重塔・食堂
その他塔頭坊舎三十六ヶ坊等の一大伽藍が建立されたと伝わっております
鎌倉時代は皇室領となり
後白河法皇の荘園となった時期もありました
永禄二年(1559年)・・・松永弾正久秀の焼き討ちに遭い
ことごとくの建造物を焼失した
筒井順慶・石田三成に仕えた戦国武将島左近一族の支援や信仰厚い村の人々の協力もあり
本堂・阿弥陀堂・坊舎六ヶ坊等を復興しましたが
文政年間に五ヶ坊が廃絶し・・・現在は真言院「桜の坊」のみが残っております

(http://blogs.yahoo.co.jp/teravist/29888672.html)参照

裏手の岩壁に残る磨崖仏(まがいぶつ)
金勝寺「磨崖仏」
行基菩薩の創建と伝えられる古寺です・・・
本坊等は復元されています\(◎o◎)/!
裏手の岩壁に残る磨崖仏(まがいぶつ)は。。。
鎌倉~江戸時代初期のものです・・・
歴史がありますね\(◎o◎)/!
近くにあるので・・・
案外と行きませんね・・・??

磨崖仏(まがいぶつ)
そそり立つ岩壁や岩壁を龕状に彫った内側に刻まれるなど
自然の岩壁や露岩・あるいは転石に造立された仏像を指す
切り出された石を素材に造立された石仏(独立石仏)は移動することが可能であるが
磨崖仏は自然の岩壁などに造立されているため移動することができない
日本の磨崖仏の造立開始時期は平安時代初期までさかのぼると言われ
狛坂寺址の三尊磨崖仏(滋賀県栗東市)は最初期の事例とされている
平安時代前期から後期に移行すると
各地に多くの磨崖仏が盛んに造立されるようになり
分布は九州地方・近畿地方・関東地方・北陸地方・東北地方に広がった
中でも大分県には全国の磨崖仏の6~7割が集中していると言われる

(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A3%A8%E5%B4%96%E4%BB%8F}抜粋

明日も続きます・・・👀👀👀

是非ご訪問ください・・・
 2017_06_23


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