柳本飛行場跡地の見学・・・👀👀👀

Category: 日常の記録  

滑走路跡②
柳本飛行場跡です
柳本飛行場
正式には「大和海軍航空隊大和基地」という
この飛行場の建設には
朝鮮人労働者が数多く就労し
そして「強制連行・強制労働」や強制連行した朝鮮人女性を「日本軍慰安婦」とした史実がある
大和海軍航空隊の開隊年月日は1945年2月11日で
その10日前の2月1日に
鳥取県の第二美保航空隊から赤とんぼ(九三式中間練習機)54機と
予備機若干が飛来し開隊したものである
そして・・・約6か月で8月15日(敗戦)を迎えるのであるが
敗戦時には
人員1700名・航空機としてゼロ戦49機・練習機71機・爆弾大小合わせて約1500発等が配置されていた
ではなぜ・・・このように充実させることを急いだのか
陸軍航空総軍戦闘指令所を予定していた香芝市のどんづる峯地下壕とともに
本土決戦時に柳本飛行場は海軍の重要な役割を担う予定であったからである
(詳しくは、『朝鮮人強制連行・強制労働ガイドブック 天理・柳本飛行場編』参照)

(http://www.geocities.co.jp/HeartLand-Hanamizuki/3836/yanagimoto.htm)抜粋
滑走路跡⑤ 滑走路跡④
滑走路跡③
柳本飛行場に作られた滑走路
幅100m・長さ1500mと大規模なものでした
滑走路は二本作られる予定でしたが
敗戦で一本だけに留まりました
米軍が接収した後・・・元の農地に戻され
滑走路の両側には滑走路への地下水の侵入を防ぐために
暗渠による水路が設けられましたが
その暗渠は今も田んぼの中に残されています
さらには二つの防空壕も作られましたが
防空壕は堅固な作りであるため撤去できず
今も原型をとどめています
ここには・・・金学順ハルモニも見学に訪れました

(http://www.ianfu-kansai-net.org/2014-01-19.html)抜粋
滑走路跡①
地元の人に尋ねても・・・記憶は薄くなっていました
この道路の周辺とだけの記憶だけでした・・・ 
街並み 道路①
柳本の街並み・・・とても静かです
火の見やぐら 消防団
天理消防団・・・
火の見やぐら
火の見櫓は火災が多く発生した江戸の町で、
木造の高い櫓(やぐら)を建て
最上階に半鐘や太鼓、板木などを備え
終日地域を監視し
火災を発見した時に
それら鳴り物を打ち鳴らして避難や消火の
出動を知らせるためのものでした

(http://homepage2.nifty.com/kotenma/hinomiyagura.htm)参照

世代交代で・・・だんだんと記憶が薄らいで( ^ω^)・・・
地元の人でも・・・知らない人が増えて来て・・・($・・)/~~~
 2017_06_12


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