生駒山上に【ケーブルカー】に乗って

ケーブルカー
ケーブルカーです・・・正面からパチリ・・・
生駒鋼索線(いこまこうさくせん)
奈良県生駒市の鳥居前駅から宝山寺駅を経て生駒山上駅までを結ぶ
近畿日本鉄道(近鉄)の鋼索鉄道(ケーブルカー)線
生駒ケーブルとも呼ばれる

鳥居前駅 - 宝山寺駅間の宝山寺線(ほうざんじせん)
宝山寺駅 - 生駒山上駅間の山上線(さんじょうせん)の2区間からなる
宝山寺線は日本最初の営業用ケーブルカー
生駒聖天と呼ばれている宝山寺への足であり
山上線は生駒山上にある遊園地「生駒山上遊園地」への足となっている

(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%BF%91%E9%89%84%E7%94%9F%E9%A7%92%E9%8B%BC%E7%B4%A2%E7%B7%9A)抜粋
ケーブルの仕組み ケーブルの車輪
ケーブルカーとは
山岳の急斜面などを
鋼索(ケーブル)が繋がれた車両を巻上機等で巻き上げて運転する鉄道である
鋼索鉄道(こうさくてつどう)ともいう
また・・・近年では山岳地帯での使用にとどまらず
車両に動力を積まない為
推進効率に優れているので都市や空港等での輸送にも用いられる

(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B1%E3%83%BC%E3%83%96%E3%83%AB%E3%82%AB%E3%83%BC)抜粋
宝山寺駅
宝山寺駅です
宝山寺線
2つのケーブルカーが並ぶ複線だが
運用上はそれぞれが分離された単線並列形態で
それぞれ宝山寺1号線・宝山寺2号線と呼ばれている
山上線は1つのケーブルカーからなる単線で2つの途中駅がある
通常は宝山寺1号線と山上線だけが運行され
正月などの多客期には宝山寺2号線も同時に運行されるほか
宝山寺1号線の点検時も宝山寺2号線が代わって運行される
通常・・・宝山寺1号線の点検は毎週木曜日に実施される
宝山寺線は沿線がマンションも建つなど住宅地化されているため
ケーブルカーとしては珍しく立派な通勤通学路線として機能している
住宅地を通過するために踏切も3箇所存在し
そのうち1箇所(鳥居前3号踏切)は自動車が通過可能である
また・・・山上線にも歩行者専用の踏切が2箇所存在する

(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%BF%91%E9%89%84%E7%94%9F%E9%A7%92%E9%8B%BC%E7%B4%A2%E7%B7%9A)抜粋
神社
八大竜王神社
昔から雨乞いの神様として祀られ
日本各地に八大竜王に関しての神社や祠がある

梅屋敷駅 かすみが丘駅
山上までの停車駅です
山上駅
生駒山上駅です
生駒山上駅(いこまさんじょうえき)
奈良県生駒市奈畑町にある
近畿日本鉄道生駒鋼索線(山上線)の終着駅
頭端式2面1線でホームは階段状になっている
駅舎はホーム車止め寄りにあり
通常は宝山寺方面に向かって右側のホームのみを使用している(反対側のホームは普段は閉鎖されている)

(http://ja.wikipedia.org/wiki/生駒山上駅)抜粋
宝山寺③ 宝山寺② 宝山寺①
宝山寺駅周辺です・・・活気が無くなっています
宝山寺(ほうざんじ)は
奈良県生駒市門前町にある真言律宗大本山の寺院
生駒聖天(いこましょうてん)とも呼ばれる
山号は生駒山(いこまさん)
1678年に湛海律師によって開かれた
江戸時代には
宝山寺は商売の神として大阪商人の信仰を集めた
京都の皇室や江戸の徳川将軍家
郡山藩主柳沢家からの祈願もあり
聖天信仰の霊場として名高い
1918年には日本最初のケーブルカー
生駒鋼索鉄道(現、近鉄生駒鋼索線)が敷設されるほどだった
歓喜天を祭り、現在でも年間300万人の参拝客を集めるとされる
(宝山寺の歴史)
(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%9D%E5%B1%B1%E5%AF%BA)抜粋
宝山寺から
覚めるような青空のもと・・・声を張り上げてみたいですね!!
ケーブル下り
山上から下りのケーブルカーより
一番前から眺めると・・・ちょっと怖いですよ
結構な勾配です



奈良県北葛城郡にある【達磨寺】参拝の続きです

表門
表門です
境内
境内です・・・とても静か・・・
手洗い
手洗い場
心も静めて・・・合掌
方丈説明
方丈
奈良県では類例の少ない本格的な方丈建築です 
平成元年(1989)3月に県の文化財に指定されました
3室2列という禅宗の方丈の基本形からなり
西面が入母屋造
東面が切妻造で本瓦茸の建物

棟札から寛文7年(1667)に京都の工匠によって建立されたことがわかり
当初の形式がよく保存されています

屋根②
入母屋造(西側)
屋根①
切妻造(東側)
一つの屋根ですが・・・分かりやすく分けて撮影しました・・・
達磨
聖徳太子が達磨像を刻み
安置したことに始まると伝わる

境内には本堂・庫裏・方丈などがある
日本三大達磨の一つ
達磨大師像は重文

本堂から
本堂から
表門①
裏門です
仏教には輪廻転生思想あり
我国第一の仏教興隆の功績を残された太子は
法華経の尊信者であり
法華経を正依とする中国天台宗の祖思師禅師は
同時代の高僧であり太子の前身と信じられるようになったのは
中国の衡州衡山道場にて達磨は
思師禅師に”東海に生まれ更りて正法を宣揚すべし”勧めなされる物語より生じたものであり
一足先に日本に渡り太子誕生まで奥州待島(松島)待ったと云う伝承あり
この事は・・・天台も禅も其の源は一つであり
片岡山辺りで両者が対面する事は
衡山道場で既に約束されて居ったとされ
強い興味が感ぜられる
元より史実の点からは当然否定されるべきであろうが
当時の日中両国仏教との真摯な宗教的願望であり
比叡山に大乗戒壇を開いた天台宗最澄の大乗仏教一乗思想に合理性を与え
鑑真和上来日の動機にもつながると云われる飢人伝説により

創建された王子の達磨寺の存在は
日本仏教史上貴重なる存在であります

(http://www.darumaji.jp/)より抜粋  

奈良県北葛城郡にある【達磨寺】に参拝

石碑
達磨寺
達磨寺(だるまじ)
奈良県北葛城郡王寺町にある臨済宗南禅寺派の寺院
山号は片岡山
本尊は・・・千手観音・達磨禅師・聖徳太子

表門①
表門です
説明① マップ
この寺の創建については
推古天皇21年(613年)の冬
聖徳太子が片岡山で飢えていた異人に衣食を施したという片岡山飢人伝説にからめて語られ9
その後は・・・衰退と中興が繰り返され・・・江戸時代には幕府から30石が与えられた

片岡山飢人伝説とは
『日本書紀』の推古天皇21年(613年)12月条や『元亨釈書』に見える次のような話である
聖徳太子こと厩戸皇子が片岡山を通りかかったところ
飢えて瀕死の異人に出会った
太子はその異人に当座の寒さと飢えをしのぐため
食物と自分の衣服とを与えた
翌日・・・使いをやって異人の様子を見に行かせたところ
すでに息絶えていたので・・・丁重に葬った
それからしばらくして墓の様子を見に行かせると
死体は消えており・・・衣服だけがきちんとたたまれて
棺の上に置かれていた
これを知った里人は
あの異人は達磨禅師の生まれ変わりに相違ないと言い
聖徳太子が自ら刻んだ達磨像を祀ったのが達磨寺の始まりであるという

(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%81%94%E7%A3%A8%E5%AF%BA_(%E5%8C%97%E8%91%9B%E5%9F%8E%E9%83%A1%E7%8E%8B%E5%AF%BA%E7%94%BA))より抜粋

境内②
境内です・・・広々しています
犬と
聖徳太子と愛犬「ゆきまる」
聖徳太子の愛犬雪丸くん
聖徳太子の愛馬といえば
黒駒が有名ですが・・・太子には愛犬がいました
達磨寺の境内には
太子の愛犬「雪丸」の石像があり
雪のように白い犬で・・・とても賢い犬だったといいます

達磨寺の境内には達磨寺1号墳・2号墳・3号墳と称される
3基の古墳(6世紀頃の築造)が存在し
このうちの3号墳の上に本堂が建てられている
この古墳は平安時代には聖徳太子ゆかりの達磨禅師の塚であると信じられていたようである
寺院としての形態が整うのは鎌倉時代以後と思われる
境内には松永久秀の墓がある

(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%81%94%E7%A3%A8%E5%AF%BA_(%E5%8C%97%E8%91%9B%E5%9F%8E%E9%83%A1%E7%8E%8B%E5%AF%BA%E7%94%BA))参照
石説明 石
薬師石です
目を閉じて近寄り
両手で抱けば
病気が全癒すると伝えられている霊石です

本堂内
本堂です
ガラス越しにパチリ・・・!!
ちょっと光って・・・??

達磨寺の境内には達磨寺1号墳・2号墳・3号墳と称される
3基の古墳(6世紀頃の築造)が存在し

このうちの3号墳の上に本堂が建てられている

鐘楼
鐘楼です
標識
表通りからの標識です
車からも・・・とても良く眼に入ります
萩の花
境内に咲く・・・白い色の萩の花❀❀❀

【すたみな太郎 広陵店】と・・・【二上山】

看板 入口
すたみな太郎
㈱江戸一が経営する焼肉・寿司・デザートを
中心とした最大130種以上の豊富なメニューを
提供するセルフバイキングのお店
バイキングレストランとしてトップレベルの売り上げを誇り
国内最多の店舗(2014年7月現在129店舗)を北海道から鹿児島県まで展開

(http://edo-ichi.jp/stamina/about/)参照
もっ詳しくは
  • すたみな太郎で検索してください
    丘陵地帯
    刈りが終わった田んぼ・・・
    二上山①
    二上山がくっきりと・・・!!
    二上山(にじょうざん)
    奈良県葛城市と大阪府南河内郡太子町にまたがる山
    かつては大和言葉による読みで「ふたかみやま」と呼ばれた
    金剛山地北部に位置し
    北方の雄岳(517m)と南方の雌岳(474m)の2つの山頂がある双耳峰である。
    また・・・石器に使われた讃岐岩(サヌカイト)の産地である
    二上山の北側の春日山付近の地域で遺跡が
    多く発見されていることから二上山北麓遺跡群とも呼称されている

    後期旧石器時代から弥生時代にかけての
    多量の剥片・砕片・石核・くさび形石器・敲石類が採集されており
    遺構としての採掘坑も確認されている
    (https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%8C%E4%B8%8A%E5%B1%B1_(%E5%A5%88%E8%89%AF%E7%9C%8C%E3%83%BB%E5%A4%A7%E9%98%AA%E5%BA%9C))抜粋

    二上山②
  • 奈良市にある【コスモス寺・・・般若寺】への参拝の続きです

    13重の塔が正面
    桜門から見える13重の塔
    名称: 般若寺十三重塔
    ふりがな: はんにゃじじゅうさんじゅうのとう
    種別1: 近世以前
    国宝重文区分: 重要文化財
    指定年月日: 1902.04.17(明治35.04.17)
    員数(数): 1
    員数(単位): 基
    代表都道府県: 奈良県
    都道府県: 奈良県奈良市般若寺町
    構造形式: 石造十三重塔
    時代区分: 鎌倉前期
    年代: 建長5(1253)

    ニ基塔婆①
    笠塔婆支え金具2基
    2基塔婆①
    石造十三層塔の右前に笠塔婆が2基あり
    並列して建っている
    南側の塔は高さ4.46㍍・北側のものは4.76㍍ある
     日本最古にして最大の笠塔婆である
    薬研彫の美しい字体は後の板碑などの手本となることもあったであろう
    もともと笠塔婆は寺の南方にあり
    楼門と十三層塔の間に建っていたが今は現在地に移されたと云う事です

    かんまん像
    かんまん石
    般若寺 かんまん石
    右上の不動明王を表わす種字(梵字)「カーンマーン}にちなんで付けられた石の名
    お不動様は災難を除き幸福を招く霊験あらたかな仏・石を撫でていただいてもいいですし
    この出っ張りの部分にお腹や背中を押し当てると健康増進のご利益があるとの事

    相輪
    相輪説明
    13重の塔
    コスモス靡く中に13重の塔秘仏白鳳阿弥陀如来
    秘仏白鵬阿弥陀如来
    聖武天皇が平城京の鬼門鎮護のため奉納したといわれる秘仏阿弥陀如来(白鳳時代)のあるお堂です
    写真撮影は駄目でした
    13重の塔・A コスモス棚引く④
    コスモス棚引く中に見え隠れする寺・13重の塔
    「般若寺」は
    寺伝によると遠く飛鳥時代の開創という名刹寺院とのことです
    宗派 は西大寺の叡尊が再興したのをうけて「真言律宗」
    山号は「法性山(ほっしょうざん)」 です。
    般若寺の名称は「般若経」から付けられたそうです...


    気持ちの良い秋晴れの一日・・・
    最高の景色が見られました
    ・・・

    奈良にある【コスモス寺・般若寺】へ参拝

    コスモス寺【般若寺】
    秋海棠
    般若寺入口に咲く秋海棠
    しゅう かいどう 【秋海棠】
    シュウカイドウ科の多年草
    中国原産
    ベゴニアの一種で
    観賞用に栽培。茎は塊茎から出て
    高さ約40センチメートル・葉はゆがんだ心臓形
    秋・・・淡紅色の花を細い柄の上に開く
    葉腋(ようえき)に珠芽が生じ
    地に落ちて繁殖する

    本堂①
    本堂です
    石仏にコスモスが揺れる花の寺 「般若寺」
    般若寺は東大寺の北側に位置し
    境内は10種類約10万本のコスモスが咲き乱れ
    コスモス寺として有名です。
    もともと飛鳥時代に高句麗僧慧灌法師によって開かれたお寺ですが
    奈良と京都を結ぶ要路にあった為
    幾度の戦乱に巻き込まれ栄枯衰退を繰り返す歴史をたどります
    楼門の奥正面に立つ十三重石塔は(高さ約14.2m)象徴となっています

    石仏を彩って咲くコスモスや彼岸花などが美しく花の寺としても有名です
    コスモス棚引く② 本堂
    右側の写真は本堂です
    コスモス棚引く③
    コスモスの中に石仏が・・・
    奈良の北の入口にある奈良坂
    その奈良坂にあるのが般若寺です
    その昔・・・旅人はこの奈良坂から見渡せる東大寺大仏殿を眺めていろいろな感慨にふけたことだろう
    そして・・・般若寺あたりで一休みしたのかもしれませんね・・・??

    紫苑 コスモス棚引く①
    紫苑の花が一杯
    シオン(紫苑、学名: Aster tataricus)
    キク科シオン属の多年草
    別名はオニノシコグサ(鬼の醜草)
    ジュウゴヤソウ(十五夜草)とも

    桜門
    桜門 国宝です
    天平のころ平城京の鬼門を鎮護する寺となる
    以来・・・般若経の学問寺として栄えたが
    治承4年(1180年)には平家の南都攻めに遭い
    伽藍は灰燼に帰した
    鎌倉時代に入り
    廃墟のなかから
    十三重石塔をはじめ
    七堂伽藍の再建が 行われた
    その後も戦国時代の兵火
    江戸期の復興、明治の廃仏毀釈など
    栄枯盛衰を繰り返すも、
    十三重石塔や楼門など
    現在の伽藍を残している
    国宝楼門は
    鎌倉再興伽藍の回廊門であり
    和様に天竺様式を取り入れている

    その特徴は・・・ 屋根の大きなそりなどに表れており
    楼門遺構としては日本最古です

    竜田大社に参拝

    竜田大社入口の鳥居
    入口②入口階段
    龍田大社(たつたたいしゃ)
    奈良県生駒郡三郷町にある神社
    旧称は龍田神社
    式内社(名神大社)・二十二社(中七社)の一社
    旧社格は官幣大社で
    現在は神社本庁の別表神社
    風の神(風神)として古くから信仰を集めている

    境内④
    境内です・・・とても広々してます
    境内②
    境内の木々もそろそろ紅葉・・・
    本堂
    本堂です
    崇神天皇の時代
    数年に渡って凶作が続き疫病が流行したため
    天皇自ら天神地祇を祀って祈願したところ
    夢で天御柱命・国御柱命の二柱の神を龍田山に祀れというお告げがあり
    これによって創建されたという
    正史では・・・天武天皇4年(675年)4月10日に勅使を遣わして風神を龍田立野に祀り
    大忌神を広瀬河曲に祀ったと『日本書紀』の記述が初見である
    『延喜式神名帳』では「大和国平群郡 龍田坐天御柱国御柱神社二座」として名神大社に列し
    二十二社の一社とされた
    近代社格制度のもと
    明治4年(1871年)に龍田神社として官幣大社に列した
    紅葉の名所としても有名である
    摂社・龍田比古龍田比売神社の祭神である龍田姫は秋の女神とされ
    古来より多くの歌に詠まれてきた

    (http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%BE%8D%E7%94%B0%E5%A4%A7%E7%A4%BE)参照

    社務所
    社務所です
    境内に入って右手の社務所
    社務所は・・・古い建物のようで
    少し傷みが目に付きました
    拝殿はコンクリートで立派が・・・どうしてだろう・・・??

    案内板
    白龍大明神
    江戸末期に当社ご神域に白蛇として出現し
    明治後期一夜にしてそのお姿が見えず当時騒然たりしも
    明治四十一年春突如大和国葛城郡にごり池に白龍として出現されし
    吉報に依り当時薮 宮司・神官・地元氏子に依り辛櫃を奉持しお迎え申し上げ
    この池に祭祀されたのが当社創建と伝わる

    (http://www.panoramio.com/photo/103203015)参照
    白龍大明神
    白龍大明神鳥居です

    奈良先端科学技術大学院大学(ならせんたんかがくぎじゅつだいがくいんだいがく)見学

    奈良先端科学技術大学院大学(ならせんたんかがくぎじゅつだいがくいんだいがく)・・・入口
    先端大学①
    大学の入口
    奈良先端科学技術大学院大学(ならせんたんかがくぎじゅつだいがくいんだいがく)
    英語: Nara Institute of Science and Technology)は
    奈良県生駒市高山町8916番地の5に本部を置く日本の国立大学である
    1991年に設置された
    大学の略称はNAIST(ナイスト)

    先端大学②
    紅葉が綺麗です・・・!!
    アインシュタイン画像
    アインシュタイン画像
    側壁に描かれています 

    アインシュタインは天才と言われていますが
    一体何をやったため有名な人なのか良くわからないという方がいます
    また・・・天才だから
    自分に馴染みが無いと言う方も多いです

  • アインシュタインで検索 
    続きを読んでください・・・もっと詳しく彼の事が分かりますよ・・・!!
    先端大学③
    おまけに・・・あまりにも綺麗な紅葉・・・
    生駒山を望んで・・・パチリ

    生駒山(いこまやま・いこまさん)
    奈良県生駒市と大阪府東大阪市との県境にある標高642mの山
    生駒山地の主峰である

    一等三角点が置かれている山頂は奈良県側にある
    山上には生駒山上遊園地が開設されている
    山上・中腹には、大阪府・奈良県にある
    各テレビ局の京阪神と奈良県をカバーする送信所(生駒山テレビ・FM送信所)が
    別々に設置されている
    かつては企業の保養所や別荘地として多くの建物が設けられていたが
    現在はその多くが役目を終え廃墟となっている

    (http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%94%9F%E9%A7%92%E5%B1%B1)参照
  • 我が街の街路樹の紅葉・・・(@_@;)・・・落ち葉が一杯!!

    街路樹の紅葉\(◎o◎)/!
    紅葉②
    我が家の通りの街路樹
    紅葉です・・・
    落ち葉②
    でも・・・この落ち葉です・・・(@_@;)
    紅葉② 紅葉①
    落ち葉③ 落ち葉①
    何時も窓を開けるとすぐ見る事が出来る紅葉・・・
    とても心が和みます
    でも・・・落ち葉の掃除は付き物です
    雨が降る・・・風が吹く・・・その後は掃除です

    さあ・・・!!頑張って掃除に行きましょう 

    街路樹(がいろじゅ)とは
    街路に沿って植えられた樹木のこと

    日本語には・・・並(なら)んで立っている木々を指す
    「並木(なみき)」という表現があり
    街路樹の多くは市街地の道路に沿って
    複数並んで立っていることが多いので
    そうした街路樹群を市街並木(しがいなみき)と呼ぶこともある
    都市の美観の向上や道路環境の保全
    歩行者等に日陰を提供することなどが目的である
    一般に・・・歩道の車道寄りや中央分離帯に植えられる
    街路には多くの制約があり
    必ずしも等間隔で木が並んでいるわけではない
    道の左右において非対称であることも多い
    道の片側にしかない場合もある
    古くは今から3000年ほど前に
    インド・カルカッタからアフガニスタンまでを結ぶ
    グランド・トランクに街路樹が設けられたという

    (https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A1%97%E8%B7%AF%E6%A8%B9)抜粋

    馬見丘陵公園(うまみきゅうりょうこうえん)見学

    看板① 看板②
    馬見丘陵公園(うまみきゅうりょうこうえん)
    奈良県北葛城郡広陵町から北葛城郡河合町にかけて広がる馬見丘陵内にある都市公園

    マップ
    近隣マップ
    広陵町・河合町にまたがる
    馬見丘陵の歴史的遺産(馬見丘陵古墳群4~5世紀築造)と
    豊かな自然環境を 保全・活用するために
    奈良公園に次いで県下2番目の広域公園として
    昭和59年度に都市計画決定を受け 事業に着手しています
    計画面積は65.3haで
    平成24年6月末現在
    56.2haを開園しています

    (http://www.pref.nara.jp/7566.htm)参照
    四季の花と鳥① 四季の花と鳥②
    公園内の四季折々に咲く花❀と小鳥のさえずり
     奈良県「養護学校」生徒作 奈良県養護学校生作成
    奈良県の養護学校生徒の作品  素晴らしい!!
    楠
    楠木・・・紅葉するのかな・・・??
    ミニ薔薇
    ミニ薔薇で棚を・・・
    目が覚める様な心和む花畑が続きます
    とくとご覧あれ・・・!!
    花③ 花②花① 花0⑭ 花⑬ 花⑩ 花⑥ 花⑧
    花⑤ 花④
    花⑦ 花⑩
    花⑪ 花⑬
    花⑫
    広々とした小高い丘
    花9
    真っ青な空に映える花❀❀
    花⑤
    綺麗な花畑にご堪能して頂けましたか・・・??
    馬見丘陵に存在する馬見古墳群の保全と活用をするために
    奈良県土木部が1984年(昭和59年)に奈良公園に次ぐ県内2番目の広域公園として事業に着手した
    計画面積は65.3ヘクタールだが
    2008年(平成20年)3月末の時点で
    47.1ヘクタールまで事業が進んでいるが現在に至ってもまだ工事中の部分がある

    園内は・・・緑道エリア・北エリア・中央エリア・南エリアと大きく4つに分かれており
    北エリアと中央エリアは離れているが(中間部分が開園していない)連絡道があり・・・行き来する事が出来る
    馬見古墳群内に位置する公園のため

    園内に多数の古墳が存在する

    入園は無料であり
    付属の駐車場も無料である
    しかし・・・駐車場は年間を通して8時開場
    閉場は通常期18時
    6月16日〜8月15日は19時、11月〜2月は17時となっている
    駐車可能台数は臨時を含めると580台だが
    休日は近隣住民やハイキングなどで賑わうため満車となる事もしばしある

    (http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%A6%AC%E8%A6%8B%E4%B8%98%E9%99%B5%E5%85%AC%E5%9C%92)参照